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“絶世の美男”チョン・ウソンはなぜヒヒをマネたのだろうか
相手が話す時は、くせのように上体を前に引く。文字通り“耳を傾けて”聞いている。目をまっすぐ向かいあわせたまま低い声で細かく考えを語る。デビュー20年、依然として“青春スター”というタイトルが不自然でない俳優チョン・ウソンの姿だ。

7月3日に公開された『監視者たち』は、彼が4年ぶりに韓国映画でファンに披露する作品だ。映画は自分たちの正体を隠したまま、痕跡なく動く警察内特殊組織監視班の人々の物語を描いた。チョ・ウィソク、キム・ビョンソ監督が共同で演出し、ソル・ギョング、ハン・ヒョジュ、イ・ジュノなどが出演する。ジェームス役のチョン・ウソンは『監視者たち』で、演技人生初の悪役に挑戦した。

◆「ファンの中にいると俳優として生きている気分」
久しぶりに俳優としてスクリーンを駆け巡るチョン・ウソンは、すでに注がれている好評を全身でエンジョイすると同時に、これまでの渇きを解消するかのように惜しみなくファンと呼応している。6月24日、誠信女子大学で開かれたリレー観客との対話(GV)、NAVER LINEスターチャットなどを通じ、チョン・ウソンの“話”が休みなく話題に上った。

映画が初公開されたマスコミ・配給試写と、当日行われたメディアデーでは興奮を隠せずうれしそうにしていた彼だったが、6月27日に数日ぶりに再会したチョン・ウソンは一言一言を精製しようと努力していた。「公開前からすごく浮き立った姿を見せたらだめだ」という考えのためだそうだ。多少寒いユーモアが入ってくる彼の話は、どんな口達者よりも淡白で誠実だった。短い質問を聞く時にでさえ体を前に引いたまま一方の耳を傾ける姿からは、思慮深い性格がそのままにじみ出ていた。

彼に『監視者たち』と関連した様々なイベントで、久しぶりにファンと近くでコミュニケーションした感想を尋ねた。チョン・ウソンは「(誠信女子大GVでは)観客が皆すごく可愛くて、家にちゃんと帰るか心配になった」とし「最後に「家にちゃんと帰れよ」と挨拶したのは本当に僕の気持ちだった」と笑いながら口を開いた。当時チョン・ウソンは一言で誠信女子大の大講堂を揺らすほど、ウィットに富んだショーマンシップを披露した。寡黙で反抗的な青春のアイコンは何処へ、人間の匂いがぷんぷんするチョン・ウソンの再発見だった。

「久しぶりに観客と会って、僕が楽しかったです。楽しみながらファンと会いました。映画を楽しみ共にする人々と会う場は、いつもすごく楽しいです。誠信女子大GVも僕にとってはそんな場でした」ファンと直接会って、変わりないその人気を実感したのでは?という質問には「本当に直接感じた」とし「ファンの中にいるその感じが本当に良い」という答えが返ってきた。「俳優として生きているという証拠でもあり嬉しい」と話した。

◆「ヒヒ、Noって言えただろ?僕の答えはYesだ!」
最近の公式席上でチョン・ウソンが見せたコミカルでウィット溢れる姿は、映画監督や映画祭の審査委員として映し出されていた彼の姿とは180度違い、さらに興味深かった。どこを見てもハンサムなチョン・ウソンだが、2012年のMBC『黄金魚場-ヒザ打ち導志』で公開されたヒヒのモノマネはファンに笑いたっぷりの衝撃を与えた。放送後の反応を予測しながらも「キャプチャーだけはやめて」と冗談を言っていた彼の姿は、隠されてきたコミカルな本能を立証するのに充分だった。
「「なんでよりにもよってヒヒだったのか」とは思います。本当はやりたくなかったんですよ(笑)。でもそんな僕の姿が自分を気楽に受け入れられる余地でもあるじゃないですか。実際『ヒザ打ち導志』では番組の要求を断るよりも、受け入れようと努力しました。俳優として真面目な話が出来る機会でしたし、その時間だけは自分のものにしなければならないからです。だから僕を招待してくれた方々の要請に「それだけはやめよう」っていう反応は嫌でした。「Noって言えただろ?僕の答えはYesだ!という気持ちでした」

◆「ただ単にチョン・ウソンと呼ばれること、どれほど美しいか」
6月25日に行われたNAVER LINEスターチャットで、チョン・ウソンはどんなネーミングで呼ばれることを願うかという10代のファンの質問に「ただ単にチョン・ウソンと呼んでほしい」と答え、注目を集めた。歳は取ったが、その変わりないカッコいいルックスと揺ぎ無いスター性があるのから“オッパ”という呼び名を注文することも出来ただろうに、予想外の答えだった。

「オッパと呼んでほしいというのは、ちょっと鳥肌が立ちそうなので「ただ単にチョン・ウソンと呼んでほしい」と答えました。チョン・ウソンは一人の人間の名前でもありますが、俳優の名前、固有名詞でもあるじゃないですか。子供たちが“チョン・ウソン”って呼んでも、僕はそれが僕のことを軽視しているとは思いません。ただ単にチョン・ウソン、歳に関係なくチョン・ウソンと呼ばれるなんて、どれほど美しいことですか?」

“ただ単にチョン・ウソン”として20年を過ごしてきた彼に、月日の流れを実感しないかと尋ねた。彼をスターダムに昇らせたキム・ソンス監督の映画『ビート』は、いつの間にか16年前の作品となり、チョン・ウソンは反抗期に満ちている青年ミンの顔の上に、歳月の余裕と貫禄の雰囲気を刻んだ。チョン・ウソンは「月日が流れるのが本当に早いという気はするが、これまで20年間、一年一年一生懸命押し固めながらこれまで来た」と話した。

「20年間の中で、たださっと過ぎて印象に残っていないという年はありませんでした。作品も一生懸命しましたし、本当に一生懸命生きてきました。ただ一生懸命ではなく、本当に好きで一生懸命したんです。若い時はどこかに所属したいという気持ちで彷徨っていましたが、映画俳優になったことで映画の世界に所属し、どれほど安定感を感じたでしょうか。だから楽しいとしか思いませんでした」

チョン・ウソンだったら、俳優ではなくどんな業を選んでも真心を尽くして臨んだろうという考えに「演技ではなく、違う道を夢見たことはなかったか」という質問を投げかけてみた。「僕にはこの仕事しかありません。30代中盤、『グッド・バッド・ウィアード』を終えた後に怠惰になって、その時の僕には文字通り魂がありませんでした。あれこれ個人的なことを経て悩みもしました。それにもかかわらずその中で僕が自分を守るしかなかったのは、映画俳優だったからでした。俳優として人々の前にいるのが好きだったんです。だから僕と言う人間の存在と価値が形成されましたし。もちろん外で僕を見た方々は、そんな悩みの時間を知らないかもしれません。映画俳優として自分を守りたかったから活動を続け、自分を放さなかったからです。俳優という職業は僕が危機に逢着した時に、もう一度立ち上がるだけの理由とパワーをもらえる職業です。この仕事じゃなかったら、僕がどうやってそんな愛をもらえるでしょうか。それがこの場に僕がいることを有難く思う理由です」

青春のアイコンでも、熟したベテラン俳優でもなく“ただ単にチョン・ウソン”であることを願う彼が、今後どんな顔で観客と会うのか気になった。恐らくもっと深い目で人と会い、もっと低い姿勢で話を聞くチョン・ウソンの姿だけは、充分に想像出来た。