Home > エンターテイメント > スターインタビュー > ユ・アイン「こぼれるのに良い時期、『カンチョル』に出会った」

ユ・アイン「こぼれるのに良い時期、『カンチョル』に出会った」
『カンチョル』、再びタイトルロールだ。2011年に『ワンドゥク』の主人公ワンドゥクに扮し、観客や評壇の賛辞を漏れなく浴びたユ・アインは、“演技の上手い青春スター”の地位を持った数少ない20代の俳優だ。『カンチョル』は釜山を背景に、病気の母親を手厚く面倒見る息子の物語。映画は単に野暮ったくもなり得たストーリーを、素朴で淡白に解き明かした。息子カンチョルに扮したユ・アインの演技も同じだ。

映画の公開を迎え、会見したユ・アインは「映画を見て、監督に有難うと携帯メッセージを送った」と口を開いた。「このような性格の映画は、編集や後半作業を経て野暮ったくもなり得ると思いました。面白くなくなるのではと心配もしましたが、監督が守らなければならない部分は守ってくれたという気がしました。感情や呼吸をどのように節制するのか、淡白に留めるのか、でなければ洗練された感じで行くのかをめぐって悩んだんです。持続的にそれとなく微笑を浮かべていく映画だと思いました。それが悲しみや涙を薄める役をして、物語が新派に流れないようにしてくれたと感じました」

観客に特に記憶に残るようないくつかのシーンについて、尋ねざるを得なかった。意識がもうろうとしている母親の面倒を温かく見るカンチョルだが、彼にもどうしようもなく感情が湧き上がる瞬間がある。意識が戻ったとばかり思っていた母親が息子を幼稚園児として記憶し海苔巻きを作るシーン、いなくなったと思ったら派出所で発見された母親がイスに座ったまま小便をしてしまうシーンなどがそうだ。バスで辛うじて母親を見つけた後、大声でわめきたてるカンチョルの顔にはその年齢の青年の顔が描き出せるあらゆる絶望が入り混じっていた。

「エネルギーが発散されるのはバスのシーンだけです。派出所で母親の尿を拭うシーンは、観客の感情が爆発するシーンだったと思います。僕も好きなシーンですし。水位の調節が重要でした。ちょっと間違えば山に流れても行き得るのですが、使われたテキスト自体が淡白でした。適当にユーモアで始めて自然に、そしてその上には余韻が残る。華やかな花壇から突然絶壁に落ちるような感情です。海苔巻きのシーンが特にそうだったと思います。幼稚園カバンをかけている僕の姿は笑いを誘うかもしれませんが、実際とても悲しいじゃないですか。観客には不快な表現かもしれませんが、僕はそんなシーンが「不意打ちを食らわせた」と思います」

彼が説明した通り、『カンチョル』は明るく健康な成年カンチョルの物悲しい生い立ちを笑いで混ぜ合わせた映画だ。涙の混ざったヒューマンドラマのようなものだ。ユ・アインは「涙の量や悲しみの大きさが、作品のクオリティを左右するというのは違うと思う」とし「どれほど自然で、どれほど虚しくないかが重要だ」と伝えた。

ユ・アインはただただ善良であったカンチョルの内面を演技するに先立って自身を、また周りを顧みた。彼は「純粋さは、この世界で非常に垢にまみれて生きていく僕にとって、見知らぬことで馴染みが薄く感じられた」と告白した。洗練された外見は別としても、SNSを通じ「言うことは言う俳優」というイメージを得た彼であったから、一見理解が出来た。純で善良な顔よりは、とがった反抗児の表情がユ・アインを代弁していた。
「僕たちが共感できる純粋さがあるだろうと思いました。全ての人が欲望の電車を走らせるから、なろうと純粋に対する欲望が生じるんだ(笑)。その中で回し車を走らせ、高い所に向かって行くことだけが当然で・・。純粋がむしろそんな対象になり得るんです。成就したいこと、僕が持続的に持って行かなければならないもの、僕の周りがどのように変わって誰が僕を何と呼んでも、僕が母の金をもらっても、筋道を正してから事にあたらなければならないと思います」

内密でありながらも小気味よい彼の告白は止まらなかった。青少年時代から演技活動をしてきたユ・アインは、映画『ワンドゥク』とSBSドラマ『ファッション王』を作業していた時期を「ぱっとこぼれるのに良い時期だった」と振り返った。すぐに「僕はそんな子じゃないけど」と言って半月のような笑い目を浮かべてみせながらも「世間的に野心一杯に決まりきった道にこぼれる、その道ぐらいに立っていた時期だった」と言葉を続けた。

「それはいつでも訪れるタイミングです。今かもしれませんし。僕はこぼれても大丈夫なぐらいしっかりしています。どうせならこぼれるより僕がひっくり返す方がいいって思ったりもします。同じ道を行ったとしても自分も知らずに流れていくのか、自分の意志できちんと洞察しながら行くのか、結局選択なんです。自分がどんな選択をするのかが、僕の全てを内包するんです。手にはカギが握られていて、それが「どこに行くのか」や「自分が誰なのか」を決定するからです。だから『カンチョル』という映画、それを通じて出会った人々、そして公開前までの経験の数々がとても重要で素敵なんです」

28歳、俳優ユ・アインは幸せだ。芸術を愛していた少年が成年に成長した。彼は「演技を業にしている今がとても幸せだ」と話した。しかし幸せとは別に、ユ・アインは自らに絶えずムチ打っている。彼にとって一番重要なことは、達観者になることではなく“もっとよくなること”成長だ。「仕事は、演技は、人は終わりがないからそれを逃したらダメなんです。「もういいよ」っていう瞬間が終わりだと思います。自分が終わりを作ることなんです。僕は平凡な子なので、自分自身からよくそんな誘惑にかられます。最近は余裕を与えたりもします。「あまり駆け抜ける必要はない。機関車か、何だよ」って言いながら(笑)。そのために休む時はわがままや飲酒、歌ったり踊ったりを許したりします。自分がそんな人だってことを知っているから」

彼は人生と自身を取り巻く悩みを、より広く世界に拡張しているように見えた。「孤独になりたくないが、孤立されることを願う気持ちがある。俳優の道も同じ」という彼は「この10年間難しかったそんな悩みは、今後も難しいと思う」と黙々と話した。むしろ余裕に近い表情だった。「そんな悩みを継続して進んでいきたいです。でもちょっとずつ賢明に、余裕をもって、洗練された方式で世間に向かい合いたいですし。それが僕が言う成長なのでしょう」