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韓国のジャッキー・チェンを夢見る、映画監督であり俳優のリュ・スンワン
温泉都市、行政都市、忠清南道、忠清北道。本棚に並んでいるファイルの背表紙がまず目に入った。22日午後、ソウル江南区論峴(ノヒョン)洞の映画会社ウェユネガンの事務所。リュ・スンワン監督の仕事場で、彼に会う前に事務所を見回した。リュ監督が演出し出演までした映画『チャクペ(The City Of Violence)』の公開を前に事務所は慌しかったが、職員の顔は生き生きとしていた。2坪余りのリュ監督の部屋は、強烈な原色の風景写真が壁一面を覆いつくしていた。映画『チャクペ』の色感のために探したイメージだとリュ監督が説明した。強烈で挑発的な『チャクペ』の画面は、このように多くのイメージを参考にして作られた。スーパー16丱メラの特長を生かすため赤、青、黄色などの原色を画面に強調したという。『チャクペ』の視覚的な快感は、単純に映画の派手なアクションにのみあるわけではなかった。



市場秩序のために再び演じる気はない
『チャクペ』はリュ監督の演出作であり、出演作である。デビュー作『Die Bad 死ぬかもしくは悪(ワル)になるか』と、イ・チャンドン監督の『オアシス』で見せた演技を拡張させた。演技が印象的だったと言うと首を振った。「俳優はカメラの前で神がかりになる瞬間がありますが、私はカメラの前でずっと自分のことを考えていました。市場秩序のために再び演じる考えはありません」と、特有のウェットで仕上げる。リュ監督は二重人格のピロを演じたイ・ボムスを絶賛する。『太陽はない』であくどい債権者で登場したイ・ボムスのエネルギーが、以後の映画では少し突飛な部分で発揮されているのが残念だという。「演じていて1種類以上の感情を表現するのは難しいのですが、野卑に見せながら悲しくも見えるイ・ボムスの演技は、感嘆するに値します」と語った。

最低5万人の損害を受けるという
『チャクペ』の結末は、男たちが日常的に使う二言の悪態で終わる。公開後に観客の論難を呼ぶ素材も多分にある結末である。リュ監督は、周囲からエンディングを変えようと頻繁に言われたという。リュ監督は我を曲げなかった。最低5万人の損害があるだろうと言っても、リュ監督は微動だにしないで自分の意志を貫き通した。リュ監督は「クールに行きたかった」と明快に答えた。日常生活で感情の極限まで達した時、我々も彼のように悪態を一度くらいはつかないだろうかかと、聞き返してきた。それに観客の感情をリラックスさせる習慣的な結末を選びたくなかったという。様々な解析が可能な結末を意図し、映画を見た人々が劇場を出て感情が整理できる映画ではなく、むしろ感情が噴出、または爆発する映画。リュ監督が望んでいるのは後者であった。

『チャクペ』の背景にある現代社会の問題にも注目すべき
チョン・ドゥホン武術監督とリュ・スンワン監督が意気投合した『チャクペ』は、否定できないアクション映画である。膝靭帯損傷を堪えて、リュ・スンワン監督は主人公ソッカンに扮して身体をならし、チョン・ドゥホン監督もまたテスに扮してアクションと演技全てをこなした。しかし『チャクペ』を単純なアクション娯楽映画と断定するのは残念だ。『チャクペ』では現代韓国社会の葛藤が映画の中心にある。「アクション映画の展開上、撤去民が登場するシーンが必要ないという意見もあった」リュ・スンワン監督は、“平沢大秋里”“不動産投機熱風”などの単語を言及した。『チャクペ』の前面はアクション活劇だったが、その裏面には資本と権力によって壊れる共同体とそれに対する怒りがある。『チャクペ』の物語は、観光地区に指定され共同体が崩壊する忠清道の仮想都市オンソンから始まるからである。リュ・スンワン監督は、スクリーンクォーター縮小問題に対しても声を高めた。当代社会に対する苦悩が垣間見られるという。自分はただ常識的な線で考えていると手を振った。9歳の娘を持つリュ監督は、『グーニーズ』のような家族映画を作りたいという。最後に聞いた。生涯で是非作りたい映画は?「後日もっと成熟したら、韓国近現代史を整理する映画を是非撮ってみたい、植民地時代を貫通し生き残った人々、韓国戦争(朝鮮戦争)の話し、光州事件など…

*撤去民=行政上、軍事上の理由で、住居を撤去された人々のことをいう
*平沢大秋里=在韓米軍基地移転予定地、反対運動が起こっている